「人知らずしてうらみず、また君子ならずや」
人が才能や志を理解してくれなくても恨んだりしない、それが君子というものではないか。

この類の言葉は論語に何回も出て来るそうで、もしかしたら孔子は自らを戒めながらも、自分の才能が理解されないのを嘆いているのではないかという見方もあるようです。

そう考えると前出の「徳は孤ならず」も、現実的には「徳は孤なり」とさえ言えるような世の中のあり様で、わざわざ「徳は孤ならず」と言っておかなければならないほどだったとも考えられるのではないでしょうか。

孔子自身も晩年は不遇だったようです。

しかしその後今日までを考えれば孔子は世界の三聖とされるまで理解者が現れたことでもあり、やっぱし「徳は孤ならず」ですなー。